
発端
プロジェクト「とき」「とき」制作ドキュメント発端 あれは忘れもしない、2001年12月15日のこと。
前日の朝日新聞家庭欄にネットワーク立ち上げの記事がババーンと出て、歩く事務所である「ケータイ」は、朝から鳴りっぱなしでした。
電車に乗っていたシマムラ。ちょうど電車が新宿駅に滑り込んだとき、またケータイが鳴りました。クリスマスシーズンだったので、着信音は「きよしこの夜」にしてたんですけどね、ま、そんなことはどうでもいいことですね。
とりあえずホームに降りて電話に出ると、それがのちの「とき」の生みの親、自称「ぐうたらお父さん」からだったのでした。
新宿駅の喧騒の中で、ぐうたらお父さんの声がよく聞き取れず、ホームにしゃがみこんでメモを取ったのを覚えています。
「ぼく、コンピュータソフト関連の仕事をしているんですが、自分でケアプランを作るソフトをつくってみたいんですが、モニターになっていただけませんか?」
な、なんとタイムリーな!!!!!
シマムラはずーっと、自己作成者用のソフトがほしくてたまらなかったんです。
無料でダウンロードした、ケアマネ向けのソフトを使っていたのですが、ひとりしか顧客がいないので、けっこうムダなところがあったのです。
「な、な、な、なります、なります、なります!!!」
それからしばらくして
ぐうたらお父さんから、試作ソフトが送られてきました。ちょうどクリスマスのころだったと思います。
but…、それはまだまだ、使えるものではありませんでした。
「ぐうたらお父さん」は、実は、書類も見たことがなかったのでした。
福祉にも介護保険にもあまり縁のなさそうなぐうたらお父さんが、何でこんなことに首を突っ込もうなんて思ったのかなぁーー、>>ぐうたらお父さんのひとりごとへ
ぐうたらお父さん、区役所へ
(2002年3月) さて、シマムラにいろいろと注文をつけられて、???となったぐうたらお父さんは、実際の書類をもらいに最寄の区役所に行きました。
区役所で自己作成したいと言ってみたら、やっぱりあまりいい返事じゃなかったそうな。
ま、それはいいとして、実際の書類を手に入れたので、同じ表をエクセルで作ってくれました。
これに計算式を入れればいいのだ。楽勝、楽勝。
…か?
既成のソフトを改造させてもらおうか…
シマムラが使っていたケアマネ向けの無料ソフトの制作者に連絡を取り、これを自己作成用に改造させてもらえないか、交渉するも、あまりうまくいかず、初めから作っちまえと決意。
サーテ、どうする? ケアマネ向けのソフトは大体、サービスコードが初めから全部組み込まれていて、サービスをクリックするだけで単位も出てしまうのだけれど、そのためには誰かが間違いのないようにサービスコードをすべて入力しないといけない…。このおびただしいサービスコードを入力するなんぞ、それも、間違いのないように入力するなんぞ、私はゴメン。当然、ぐうたらお父さんもゴメン。
さあ、どうする?
そんな話を、自己作成者の会に持っていったら、
「そんなの自分で入れりゃ、いいじゃない。自分の使うサービスだけ入れればいいんだから。そのくらい自助努力だよ」
うーむ、もっともだ。ひとり分だもん、そんな全種類のサービスを使うわけじゃないし。
というわけで、方針は決まった!
自助努力の部分は残しておこう。
ところがそのあと、ぐうたらお父さんからなんの連絡もないまま、数ヵ月が経ち…
2時間で作っちゃったよ
(2002年7月) 原案が出来たと連絡がありました。早速見せてもらうと、年と月を入れるとババッと表の曜日が変わるのにまずビックリ。計算も出来ちゃうことにまた感激。
さぞかし苦労しただろう、何ヶ月もかかったんだ…。仕事クビになったりしないだろうかー。
そんなこっちの心配をよそに、
「昨日2時間で作った」
だと。
こんなこと、2時間でできる人種って、どんな脳みそ持ってるんでしょうね。きっとしわくちゃに違いありません。
「ぐうたらお父さん」なのだ!
どうやら、ぐうたらお父さんはぐうたらお父さんだけのことはあって、夏休みの宿題は8月30日からやり始めるタイプらしい。
だから、3月にめどが立ったあと、頭の中は夏休みになっていたらしいのでした。この点では私も同類ですから…。
表をもう一回説明
で、この2時間で作ったというソフトも、いじってみるとまだまだ改良が必要ということが判明。
そこで利用票と別表の項目についての説明をもう一回。
こっちはソフトについてはド素人だし、ぐうたらお父さんはケアプランについてはド素人だし、説明が的を得なくて…。
スピルバーグ監督にクレヨンしんちゃんを日本語で説明して、映画を作ってもらおうとしている感じ、とでも言いましょうか…。
これを繰り返す
それに、何と言ってもボランティア。仕事が忙しかったら、そりゃ、そっち優先です。
それでしばらくすると、前に話したことを互いに忘れてしまい、また振り出しに戻る…。この繰り返しが数回ありました。
命名
さてさて、ところでソフトの名前はどうしましょうって話になりました。
ずばり制作者の名前をいただくという案もあったのですが(自己作成支援ソフト「×××くん」)、恥ずかしいからいやだって、謙虚。
それで、いろんな候補を挙げていった結果、シマムラの義母、つまり私がケアプランを立てている人の名前「とき」という名前に至ったときに、「それだ!」と制作者。
いろいろな意味でしっくりいく名前だと。
それで、ソフトの名前は僭越ながら「とき」と決定。
ともあれ、できた!?
(2002年8月) パソコン上のやりとりで、ああだこうだ、ここはこうしてああして、これとこれを連動させて、とかやっているうちにできました。
シマムラの義母のケアプランには十分対応できるものが。
おお、できた! と思ったのですが…
自己作成者の会で発表
(9月第2週) 9月の自己作成者の会、ぐうたらお父さんの会社を使わせていただいて、そこでぐうたらお父さんにプレゼンしてもらいました。
そしたら、出るわ出るわ! 「ああしろ、こうしろ、こうしろ、ああしろ」
まず、変更を書く実績表がほしいこと、それから事業所別・サービス別の集計を可能にしてほしいこと、日曜日は赤にしてほしいこと、たくさんのサービスを使うので行数を増やしてほしいこと…、それから何だっけかー。とにかく耳がふたつでは足りないくらいの声の嵐でした。
またひと休み
それからしばらくまた、ぐうたらお父さんからの連絡が途切れました。
あのときの熱気に、引いてしまったかと心配しましたが、本職やいろいろでお忙しかったせいらしいです(スナオにそう信じたい)。
再開
(11月) 久しぶりに連絡をもらいました。何をどうするんだっけ? けっこう記憶も薄れていたので、復習から開始。
アサヒタウンズに載った
(11月14日) 多摩地区に配られるアサヒタウンズからの取材で自己作成ソフトを近々HPから無料ダウンロードできるようにするつもりって大風呂敷を広げてしまったため、けっこう問い合わせが来たりして、シマムラはちょっと焦りました。
スパートがかかる
(11月〜12月) ぐうたらお父さんのスパートがかかりました。
家に帰ってから、作業に取りかかってくださったようです。それで、このころから進捗状況を掲示板に書き込んでくださるようになりました。
なので、掲示板の履歴も見てください。
道はなかなか険しい
送られてくる修正版をカチャカチャやって、文字とか数字とかを入れてみて、全部の列・行がちゃんとなっているかを確かめて、進展はしていたんですが、ここを直せばあそこが狂う、あそこを直せばまた別のとこが…って具合になかなか思うようになりません。
3歩進んで2歩下がるっていうか、3歩進んで2.9歩下がるっていうか…。
それにメールで、直してほしいところを「こうなるはずのところがこうなっていてそれをこうしてほしい」みたいなことを書くんですが、なかなか伝わらなくて、それでわかるようにと詳細にわたって目に浮かぶように表現豊かに書いたら、それは所詮だらだらメールで、自分でも読み返したくなくなるような長いメールになっちゃって、さらにわけわからなくなったり。
(このフレーズも長いね、ちょうどこんな感じ)
pcとのお付き合い
ところで個人的にですが、おかげさんでパソコンの使い方がよくわかるようになりました。使い方っていうより、付き合い方って言ったほうがいいかも。
そもそも圧縮とか解凍とかがよくわからなかったし(何で圧縮したものを解凍するんか? 普通は冷凍したものを解凍するんじゃないの?)、目新しいことをするときは恐ろしかったのですが、、、、
意味がわからないのは今も同じですが、わかろうと思わなくても、何もわかってなくてもパソコンは壊れないってことがわかったのです。
マニュアルづくり
だんだん完成に近づいて、ぐうたらお父さんからマニュアル作成の指示が。
ソフトのマニュアルってあまり読みたい方ではないのですが、マニュアルは必要ですね、ってんで、不肖シマムラ一生懸命マニュアルを作りました。実際の画面を入れる技も教わって、楽しみながら書きました。
年が明けて
新しい年が明けました。
新年早々、修正版が送られてきました。それをチェックしてまた送り返すと、すぐに修正版が送られてきました。
それをまたチェックして送り返し…
そんな感じで2003年の正月は、主婦シマムラは主婦ではなかったー。