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ぐうたらお父さんのひとりごと

(その1)

前々から、自分のできる事で福祉の役に立つことはないかと考えていました。きっかけは帰省したとき、兄夫婦と同居している自分の父が少しボケが始まっていました。
そんな父をよく散歩なんかに連れ出していました。
でも、トイレに足腰が悪い父が行くときは、義姉を呼ばざるを得ませんでした。
義姉とはあまりウマがあいませんが、義妹は「XXさん(僕のこと)はきれいで目立つことはするけど、見えない汚い仕事はしない」って言われています。
(そのとおりなんで、返す言葉もありません^^;)
そんな父も他界したあと、「自分でできる事で、人の役に立つことはなんだろう?」って考えて、やぱっりソフトの開発じゃないかと思った次第です。
そこで、早速ホームヘルパーをしている妻に話をしたところ、開口一番
「そんな時間があるんだったら、ごみ出しとか風呂掃除でもしてよ!」と言われました。
むかつきましたが、僕は自慢じゃないが、ごみ出し、石油ストーブの給油の類はしたことがないので、そのときは仕方ないとぐっと我慢しました。
それで未だに妻には「とき」のことは妻には話していません。
(娘にははなしてありますが、、)

(その2)

いつの日か、妻がどこかで「とき」のことを知り、妻に
「世の中にはこんなソフトを作ってる人がいるのよ!」と言われたとき、
「それって、僕が作ったんだ」と言ったときの妻の顔を見るのが楽しみです。!(^^)!
ところで、話はもどり、初めて会の打ち合わせに出席したことのことです。
それは昨年の1月の飯田橋のシニアワークでの全体打ち合わせのときのこと。
「1時からだけど、まぁどうせオブザーバみたいなものだから、遅くなってもいいだろう」と
勝手に解釈して、2時過ぎに行きました。後ろの扉から入ると、予想を超える人数と白熱した議論。
一瞬、皆が僕の方をみてるので、気恥ずかしくなり、後ろの席に座ろうとしたら、前の席を勧められ仕方なく前の方に着席しました。
(昔、学生の頃、授業に遅刻してきたのに、前の方の席しか空いてなく、衆人環視の中、トボトボと座るような気分でしたものでした。)
ふと、ホワイトボードをみると、議題として「ソフトの説明」と書かれていて説明員として、シマムラさんと僕の名前があるのではないですか!
(オイオイ、そうならそうと初めから言ってくれないと、、どの人がシマムラさん?)
と思ってると、やがて、自己紹介の場面になりました。
シマムラさんの紹介があり、「シマムラさんって、あんなひとか、、」と思っていると、僕の番になり、次のような内容で自己紹介しました。
「仕事でソフトを作っていますが、今度ボランティアで作りたいと思います。」
このとき、一瞬、会場にどよめきがおこりましたが、このときはあまり気にしませんでした。
(無頓着なもので、、)
このどよめきの真意を知るのは閉会してからでした。
閉会後、ある人が近寄ってきて、僕に言うのです。
驚愕のその内容とは、、、

(その3)

その驚愕の内容とは、、
会も終わり、出口向かおうとしてるとき、とある中年の女性(全員中年だけどね。)
が近づいてきて僕に言うではありませんか!
「この会でお金儲けしようとしても、無駄よ、できないから、、」
「えええっ?」と聞き返しましたが、やはり同じ事を言われました。
やっとその意味がわかりました。その人は僕がソフトを売ろうとして、ここに来たと勘違いしてたようです。
内心、(てやんでぇ、そんなことしなくっても、こっちとら本業で十分やってるわい!)
(感じわるぅ〜)と思いつつ、会場を後にしました。
(そんなこと思われるなんていやだなぁ、、、)と思いつつ、帰途につきましたが、
後から考えれば、その中年の女性は忠告してくれたんだと思います。
それから、2ヶ月ぐらいしてからシマムラさんから連絡があり、2週間後、一度打ち合わせすることになりました。
(まぁ、会ってよく話しを聞いてから、ソフトは作り始めればいいや)と思い何もしませんでした。
そしてしばらくした平日の夕方、仕事中に携帯にシマムラさんから電話がありました。
シマムラ「もしもし、シマムラです。」
僕「あ、ご無沙汰しています。」
シマムラ「ええええっ!、、、」
以下「驚愕の勘違い」へ、、、

(その4)

シマムラ「今日は打ち合わせの日ではなかったですか?」
僕「えええぇっ、、!あ、、ちょと待ってください」
といいつつ、手帳をみると確かに「今日」になってるではありませんか!
なんと「2週間後」じゃなくって「1週間後」だったんです。
僕「すみません。勘違いしてて、、」と大汗で弁解。
で、あらためて、1週間後にということで許してもらいました。
あっと、いうまに打ち合わせの前日になり、
(このまえは僕の勘違いですっぽかしたから、手ぶらでは行けないなぁ、、)
と考え、急遽、利用表を作っておくことにしました。4時過ぎに会社の最寄の区役所に出向きました。
僕「あの〜、介護の利用表がほしいのですが、、」
担当者「え?」
僕「介護の自己作成したいので、利用表が欲しいんですが、、」
担当者「しばらくお待ちください。」
と言われ、ソファーで待つこと10分。担当者と思われる女性が2人が現れました。
その担当者「自己作成は大変ですよ。」
僕「そうですか、」
その担当者「手配も自分でやらなくてはいけないし、、」
僕「自分でやりますから、かまいません」
その担当者「お名前を教えてください。」
僕「頼まれただけなんで、、」(名乗るほどの者じゃないシィ、、)
その担当者「そうですか、、」
そんなやりとりがしばらくあり、やっと2枚の表を持ってきてくれました。
(初めから、素直に持って来いよ、、)と言いたいのを我慢して、礼を述べ区役所を去りました。
(自己作成者は皆こんな目にあってるんだなぁ)と思つつ、帰途につきました。
帰社後、大特急で作表して、ダブルクリックで「1」がでたりするように、工夫して準備完了。この間、約2時間。
そして、翌日、打ち合わせえの日、挨拶もそこそこにして、昨日作ったものをシマムラさんにみせました。
シマムラ「わーー、こんなにしっかり作ってくれたんですね、、」
僕「先日は失礼しました。」
シマムラ「大分、時間かかったんですか?」
僕「ええ、まぁ、大分、、、」
シマムラ「でも、この書類古いんじゃないですか?」
僕「え?どうして?」
シマムラ「私が使っているのと違うから、、」
僕「そんなはずないとおもうけど、だって、昨日区役所からもらって来たんだから」
シマムラ「え?昨日?づっと前から作ってたんじゃないんですか?」
僕「あ、いや、、実は昨日もらって来て作ったんです。」
シマムラ「・・・・・・」←絶句?
上手に嘘をつけない「ぐうたらお父さん」でした。(~_~)
で、シマムラさんの内容について意見を聞いて、
(まぁ、この程度だったら、楽勝だなぁ)と思いつつ紙切れにメモしました。
このとき、これはほんの序章に過ぎない事を知る由もない「ぐうたらおとうさん」
このあとの苦闘の日々を知るわけもなく、のんきに考えていた「ぐうたらおとうさん」

ときの誕生まであと191日
(NHKの「このとき、歴史は動いた」風)

(その5)

帰宅後、早速、修正に取り掛かり、7割ぐらいできて
「今日はこのへんで、後はまたあしたに、、」と思いつつ
そこは生来のぐうたら者。明日、明日と思いながら、気が付いたらもう、一ヶ月経過。(こんなときの一ヶ月の早いこと!)
明日が約束の日の前日、パソコンの前に座ったものの、なにがなんだかわからなくなって、メモを見ても、「何だっけ?実績票じゃなくって実績表?」
「うーーん。前の打ち合わせではわかったつもりだったけど、全然思い出さない!」
出来たところまでのものを持参して、打ち合わせ当日、
僕「この点はどうだっけ?」
シマムラ「それはこうです。」
僕「あっそっか、、そっか、なるほど」
シマムラ「そうですよぉ、、」
僕「すぐやります!」
といいつつ、理解したつもりでその辺の紙にまたメモしました。
その日も、帰宅後、すぐ一部を修正して、その日は終了。
「今度は引き続いて、やるぞ!」と思ってたが、また、日々の忙しさにかまけて、それっきりで、一ヶ月経過。
これって、まるで「夏休みの宿題」状態
夏休みに入ってすぐ、宿題に着手するが、それ以後ほったらかし。
8月の末になってあわてて、再開するがよくわからない。
こんな状態が2回ほど続く。
そうこうするうちに、夏が過ぎ、秋になりました。
シマムラさんから「今度の打ち合わせで、発表してください」って言われ、一応、快諾しました。
(まだ、細部にわからないことがあるけど、こんなに長くやってるんだから、「快諾」する以外になかった)
で、その発表の当日(9月初め)
このときの会場は僕が勤務している会社の会議室でした。
(S社長に頼んで、貸してもらいました。S社長、有難うございました。_(._.)_)
会が始まって、びっくり。集まった十数人のうち、男性は僕だけ。
こんなことは40年近く前に娘3人いる親戚のひな祭りに招かれ以来!
すこし、ドギマギしましたが、そこはそれ、そんなことは表情に出さず、
気を取り直して、プロジェクターで説明し始めました。
(「気を取り直す」っておかしいね。)

皆さん、初めはしーーんとして聞いていたんですが、、、、、
「嵐の前の静けさ」だったんです。

(その6)

静かだったのは初めだけ、そのうち、「集計表は自動的にできないか?」
「○○できないか?」とか、「××できないか?」とか議論百出って状況!
次から次とでる要求に、たじろぎつつ、対応したものの、「集計表の自動化」だけはその場で、回答できなくって、「取りあえず、ユーザで手動でお願いします。」って事でその場を収めて、会合は一応無事終了。
とはいったもののそこは職業人、「できない」とは口がさけても言いたくない。
で、帰宅後、試行錯誤して、なんとか集計表の自動化が実現できそうなことを確認し、「後はそのうち、やればいいや」と思いつつ、深夜2時過ぎ就寝。
その後、再び、「夏休みの宿題状態」でまさしく「光陰矢のごとし」2ヶ月経過。
10月下旬のある夜、マイケアプランのHPを見てみると、シマムラさんが11月までにリリースしたい旨の書き込みあり、

(いよいよ完結!?)

10月末に決意も新たにして、取り組み開始!
で、あっという間に2週間が経過。(いつものパターンです。<(_ _)>)
この調子では11月末までにはとても完成できないと思い、マイケアプランの掲示板にときの作成の経過を書き込むことを思いつきました。皆さんの激励があり、なんと最後まで中断することなく継続できました。(結果的にこれが奏功しました。書き込み頂いた人に感謝します。)
不思議なもので、夜、どんなに疲れていても少しでも「とき」を作成して掲示板に書かないと眠れないようになってきました。(だから書き込み時間が1時過ぎになってしまいました。)
そうしてるうちにまた、あっという間に年末なり、今年は次女の高校入試なので、お正月は帰省せず、自宅で次女の面倒をみていました。(妻は他の子を連れて帰省してましたが、、)
この間これで一気に進捗しました。
その間も、何十回もシマムラさんに試作品を送り、チェックしてもらい、一応、1月4日に完成しました。
「これで12日の会合に間に合うことができると一安心!」と一人で安心しましたが、そうは簡単には安心できませんでした。
それは一月六日の新年会の夜でした、酔い機嫌のとき、シマムラさんから携帯で連絡があり、「最後に一点どうしてもうまく表示ができないところがある。」とのことでした。「うーーーーーぅ(~o~)」。で、帰宅後これではダメだと、再度気持ちを入れ替え、全部見直し、転記をきっちとした方法に修正しました。これで、本当の「完成」! そのとき、朝の5時でした。
自信満々で12日の会合で発表したんですが、またいろいろ要求がでてきて、更に2ヵ月後にVer1.1として3月にやっと完成しました。
以上、「ぐうたらおとうさん」のとき作成奮闘記でした。

思い立ってから1年有余で「とき」は完成しましたが、こんなぐうたらな人間でも、人の役に立つことが実証されたのだはないかと、思います。
僕がマイケアプランの会に出席させてもらって感じた事はみなさんの「パワー」です。よく仕事をしていても、「xxだからできない。」とか「僕の分は終わってるのに、xxさんがやってくれないから、、」とか言い訳ばかりすることがあります。見習いたいですね。
後に、シマムラさんはじめ協力頂いた方々に深く感謝します。
僕一人ではどうしようもなかったのではないかと思います。
また、今後、皆様のご要求にお答えして、ますます「とき」を使いやすいものにしたい所存ですので、宜しくお願いします。
と、書いたのはなんと、5ヶ月前!そのまま、パソコンの中においたまま、「そのうち送ろう」と思いつつ今日になってしまいました。(我ながらなんとぐうたらなことか!)
そんなことしているうちに、もう、バージョンアップの時期になってしまいました。